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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)17号 判決

原告 桐谷清

被告 千葉県選挙管理委員会

主文

被告が昭和三十年七月二十五日千葉県選挙管理委員会告示第五十六号をもつてなした「木更津市選挙管理委員会が昭和三十年五月十七日訴願人らに対してなした木更津市議会議員選挙における当選の効力に関する異議申立に対する決定を取消し桐谷清の当選を無効とする」との裁決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和三十年四月三十日執行された木更津市会議員選挙において立候補し三百九十五票を得て当選人と決定されたものである。

二、然るに、右選挙に立候補して三百九十四票〇〇三を得て次点となつた訴外平野安五郎は同年五月六日木更津市選挙管理委員会に対し当選の効力に関し異議の申立をなし、同委員会は同年五月十六日同委員会告示第四十六号をもつてこれを棄却し、原告の当選の効力に異動を生じない旨の決定をなした。但し同委員会において投票を審査の結果、原告の得票は二票を加え三百九十七票となり右訴外人の得票は一票〇一八を加え三百九十五票〇二一となつたものである。

三、訴外平野安五郎及び右選挙における選挙人嶋田健蔵は右決定に不服ありとして、被告に対し訴願を提起し、被告は昭和三十年七月二十二日請求趣旨記載のとおりの裁決をなし、同月二十五日告示第五十六号をもつてこれを告示したものである。

四、しかして、右裁決の理由の要旨は、

第一、「平野安次郎」なる記載の投票は、平野安五郎の誤記と認めて有効と解する、他に鈴木安次郎なる候補者のあることを理由にこれを氏名混記として無効と解するは選挙人の意思を軽視したものというべきである。

第二、「水野安五郎」なる記載の投票は、水野なる候補者はなく安五郎なる名の候補者は平野安五郎のみであるから、選挙人の意思は平野安五郎であることが明白に推定し得るので、有効と解する、同時に執行された市長選挙において水野実郎なる候補者のあることを理由にこれとの混記として無効と解するは形式的判断である。

というのであるが、「平野安五郎」なる記載の投票は、他に鈴木安次郎なる候補者があるので、これと平野安五郎との混記であり、選挙人の意思は、投票の実態から判断して、明確に表示されたものといえない、また、水野姓は木更津市に多く前記市長候補者のみでなく、前記市会議員選挙まで屡々当選した水野保三、更に右選挙の一週間前県会議員選挙の当選者水野敬治があつて、「水野安五郎」なる記載の投票は平野安五郎の誤記となし得ないものである。よつて右裁決の取消を求めるため本訴に及んだものである。

五、なお、右選挙において平野姓を有する候補者は前記平野安五郎のほか平野要、平野明の両名があり、平野なる氏のみの投票が三十八票あつて按分されたものである。原告にはかような按分票なく、かような按分票の規定は、一選挙人が一人を選挙する趣旨よりみるときは、その効力に疑問がある。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の一ないし三の事実、四の事実中第一、第二の理由の要旨、五の事実中票数の点はいずれもこれを認める、その余の事実はこれを争うと述べ、なお、被告は前記裁決に当り投票を点検したが、木更津市選挙管理委員会が無効と認めた投票中に「平野安次郎」、「水野安五郎」なる記載の投票が各一票あり、これをいずれも平野安五郎の誤記と認め有効として前記裁決をなしたものである、その理由は前記裁決書の記載のとおりであるが、安五郎と安次郎は文字並びに発音の形態が極めて類似しており、その平野安次郎と平野安五郎の相違は一字に限られ、また水野安五郎と平野安五郎とはその相違は一字に限られ、同時に執行されたとは言え他の選挙の候補者の氏名との混記と認めるのは当該選挙の選挙人の意思を無視するものであり、更に水野保三、水野敬治との混記と認めるには他に特殊の事情のない限り曲解であると述べた。(立証省略)

理由

原告主張の一ないし三の事実及び右木更津市会議員選挙において同市選挙管理委員会が無効と認めた投票中に「平野安次郎」、「水野安五郎」なる記載の投票が各一票あり、被告がこれを平野安五郎の誤記と認めて有効となし、右裁決をなしたことは、当事者間に争のないところである。よつて、右投票の効力につき案ずるに、

一、成立に争のない甲第一号証によれば、右選挙においては、平野姓を有する候補者には右平野安五郎のほか平野明、平野要なる候補者があり、また鈴木姓を有する候補者には鈴木安次郎のほか三名あることが明らかであるから、このような事情のもとにおいては右「平野安次郎」なる記載の投票は、公職選挙法第六十八条第一項第七号にいう候補者の何人を記載したかを確認し難いものと認めるのほかない。蓋し、平野安次郎と平野安五郎とはその記載の相違は一字にして、しかも「次」と「五」の如きは、かように呼称される場合は、観念上も類似し、記憶上も混淆し易く容易に誤記し勝であることは一応首肯し得ないところではないが、投票が何人を指示しているかは、投票の記載自体と候補者の氏名、氏と名いずれに重をおいて呼称されているかなどの当時の事情に照し判断するのほかはないのであつて、平野安次郎なる記載は、いやしくも安次郎なる名をもつ候補者の存する限り、たとえその候補者の姓が鈴木であつて平野との間に類似性に乏しいとは言えその者を指示する余地の全くないものとは断じ難く、また平野安五郎のほかに平野姓の候補者が二名存する限り平野なる記載をもつて平野安五郎を特定指示するものでないこともまた明らかであるから、この場合には専ら名の記載によつて何人を指示するのであるかを定めるのほかはなく、その名において前記のように同一の候補者の存する場合それが安五郎に類似しているからと言つてこれを指示するものとなすに足らないものと考えざるを得ない。従つて右平野安五郎なる記載は前記候補者の何人を記載したかを確認し難いものというのほかはない。

二、成立に争のない甲第三号証及び第四号証よれば木更津市に原告主張の如き水野保三、水野敬治なるものがあり、更に証人鈴木清兵衛同宮崎識栄の証言によれば、右選挙と同時に執行された市長選挙において水野実郎なる候補者のあつたことが明らかであり、成立に争のない甲第一号証によれば、右市会議員選挙において水野姓を有する候補者の全く存しないこともまた明らかである。かような事情の下においては「水野安五郎」なる記載は右選挙の候補者平野安五郎を指示するものと解するのほかはない。蓋し水野安五郎はその相違は一字であつて、水野と平野との間に類似性あり選挙場の如き通常と異る緊張した場裡においては往々誤記することのあり得るものであるから、右記載は平野安五郎を指示する選挙人の意思であつたことを容易に推知し得るものというべきである。右記載を前記水野実郎、水野保三、水野敬治との混記であると認める事情はこれを認めるに足る証拠がない。

而して、原告と前記平野安五郎の前記選挙における投票数が原告主張の通りであることは当事者間に争のないところであつて、前記二票につき右の如く判断するときは、原告の得票は三百九十七票平野安五郎の得票は三百九十六票〇二一となり、原告を当選人と決定すべきこと前記認定事実に照し明らかであるから、これと異る前記裁決はこれを取り消すべきである。よつて原告の請求を認容し訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 亀山脩平 脇屋寿夫)

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